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ゆるやかさと責任の難しさ… 

とーくるの活動を2006年5月に華々しくしてしまってから、半年以上経っています。
(詳細はこのブログで過去の活動等をご覧ください。)

以前、私(K)はコミュニケーションが全くとれない事務局メンバーやとーくるの今後活動方針が見えなくて、距離を置く宣言をしています。ワガママな行為ですが、あの頃は達成感と疲労がピークで苛立ち、本当に絶望的な気分になっていました。(本ブログ「なんだか…」参照)

メンバーの一人の影ますたぁさんからは、(K)が一方的に立場を表明するから、他の皆さん、メンバーや参加者の方々が意見をいえなくなっているんだよ~という指摘を頂いております。

ごもっとも。
でもでも、意見って、自分の意志があるところに発するもので、伝えなくては意味がないものではない、とも私は思っています。
いろんな立場の人の意見が混ぜこぜで、次のステップがある、ってのは難しいのでしょうか??ツアーを仕立ててもらって参加することだけでは、パックのイベントみたいで楽しくないじゃないですか。

少なくともこの春に青年部と楽しいツアーが出来たのだから、それを次に繋げないのは勿体無い。でもとーくるは誰かが一人で抱え込むような内容ではないはず。補助金体制を止めて、ゆるやかな関係に戻すべきだと(K)は今も思います。それならば活動が続けることができると。
もちろん、仕事・家庭・健康と全てが順調!って人もそう多くなく、皆さん時間を創るのが大変の中やってきたのだから、原点に戻ればいいのに…。そして誰か自分の意見言えばいいのに…と本当に思います。配慮は必要ですが、思慮深さよりずうずうしさも時には大切ではないでしょうか?

パソコンの世界、特にブログ上では、表記されないコメントは、視覚化・音声化もできなければ、意見がないのと同じだと思います。
コメントするタイミングを逸した人をフォローすべく、今後のとーくるのについて考える機会をまずブログ上で作ってみました。
なんかすっきりしないと、少なくても混乱であっても歩みを進めないと、年が越せないような気分です。

さて年末お馴染みの清水寺の今年の漢字1文字は「命」。大事すぎて語れないな~と思います。

コメント

補助金はいらないという意見に賛成です。かえって小回りが効かなくて、やりにくい弊害のほうが大きい気がします。今までやった中でも、小規模ツアーのほうがいい結果が出てるような印象があるのは私だけですか?
みんな、集まるのがなかなか難しくても、いま思ってることぐらいは気軽にコメントしましょうよ。なんたってコミュニケーションを楽しもうという会ではありませんか!

お久しぶりです。
私としては、新年会の時に言ったとおり、今後予算はもらわず、軽いフットワークとその時のタイミングで誘い合ってミニツアーをこれからも楽しみたいと思っております。
予算があるから 何か形あるものをしなければという活動では、愉しくないし誰
かが設定や運営の犠牲になり楽しめない人がでますし、マスコミにより参加者に
いやな印象が残ったり、いいことは何もないように思っております。

以前から言ってますが、パソコンで検索して絵の知識を音声ソフトで聞いても喜
びは何もありません。
ミニツアーの時の、おだやかでやさしい時間、捕まった腕の体温の暖かさ、聞こ
える声の緊張・とまどい、苦悩、何か発見したようなうれしい声、息づかい、い
ろんなものを体全体で受け止めて その時間と空間を楽しみたいのです。

わがままですが、たくさん人がいると、その感動は薄いです。

年の瀬でもあり、みんなで集まるのは無理だと思いますので、また新年会がやれ
たらいいかなと思っています。

注:(K)にきたメールの一部掲載です。

やっとスタートラインかな~

このブログを書いたことを、とーくるの設立メンバーにメールしておきました。
反応はいろいろ。
このブログを書いている私(K)には、今更話す立場ではないだろう、という趣旨や、ブログに書く内容ではない、という指摘もありました。

まだメール交換の段階ですが、それぞれの立場の人がとーくるに関わってきたあり方、存在理由に関する意見が出てきたように思います。反論であっても私は意見が表出しない状況はあってはいけないと思うので、今回もあえてコメントを書きました。

ただメールやブログでは感情的になる、という指摘があり、おそらくどこかで集まり、メンバーと直接話しをすることになるでしょう。さすがに年明けでしょうか。

皆それぞれに頑張った分だけ思い入れがあるし、愛着もあるはずです。受け持った責任の所在や、ネットワークもそれぞれ違うはず。だからそこ、とーくるの活動が、誰か一人の力で作られたり、操作されてきたのではないのは明確だと思っています。その感覚は共有しないといけないはずでしょう。

今更駄々をこねるつもりはありませんが、問題提起で「辞める」と言ったときの反応の有無は、人の心に寄りそう活動をする場合の大きなネックだとは思っています。自分への反省も勿論込めて。

紆余曲折は必要。それは皆で意見出し合って動いていくべき。そんなごく当たり前な箇所にたどりついたように思います。(これ以上書くと皮肉っぽくなるので、後は追って報告できればと思います。)
  • [2006/12/14 20:18]
  • URL |
  • とーくる(K)
  • [ 編集 ]
  • TOP ▲

論点ははっきりしてきました

話し合いをしてから、ここで報告をしましょう。どんなことが問題で、どう話し合って、どうすることにしたか。
どう変わっても、この活動は続けていこうという人がほとんどなので、一番いいやり方を話し合いましょう。

では年明けに皆で今後の方針やらいろいろ話し合って、ちょっとは整理された報告できる形になったら、このブログにもアップということでですかね?
どうなるのか分かりませんが、そんな風で進めましょう。

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