サザンのライブをテレビでみてアートを思う…
サザンの活動休止ライブを約3時間みました。雨の中の、ライブ。
会場ではなく、テレビ画面の前で一人でみましたが、会場と同じく、あるいはもっと自由に、歌い、踊り、休憩をしつつの満喫でした。(強がりですかねw)
(チケットはとれなかったので、おとなしく横浜にはいきませんでしたし、コアなファンにレアチケットは譲るべきかと思い…涙)
さて、あれだけの人々を熱狂させ、人生に寄り添い、リンクするような親近感をもって、愛される音楽。
サザンの威力はもちろん、桑田佳祐さんの人としての魅力ももちろん。
万人ができるものではありません。やはり30年の継続も大きなものでしょう。
でもあの熱気と、一体感とライブ感は、なんとかアート(イベントではなく、鑑賞もの)には、使えないのでしょうか??
ライブ終わって約3時間、サザンへの言葉にできない思いから、そちらの方の考えも混同してきました。
作品(楽曲・歌)を、身体性(一緒に歌う、音にあわせて踊る…)を駆使し、作家(サザンメンバーら)と一緒に時間をともにし、「ライブ」をつくりあげる共同作業の感覚、連帯の気持ち。生のメッセージを受け取れる。
正直ライブは、そのアーティストの曲しらないと、満喫できないことも多いはず。コンサート会場の人々は全曲歌えるくらいの人たちでしょう。
と、いうことは、事前の知識を得る時間や労力をいとわない。というか、それも楽しい!ものになる。
ライブ=ワークショップの革新であるべきこと、だったような大昔の体験や記憶をもちつつ、人の気持ちを動かすこと、行動を起こさせるには、演出だけでない、なにか大きなものを音楽から学べるような気がしている本日、2008年8月24日でした。
さて、素人の私見。
桑ちょ、カッコよいです!昨日も含めラジオも素敵ですが、ライブがいいですね〜。でもソロが一番すきかも。
ラストの曲は「みんなのうた」と踏んでいたのですが、「勝手にシンドバッド」さらにもう1曲でしたね☆
さらに、ラブです。
しばらく屋号をお預かりするので、また戻ってきてください!(それまで、「みんな死ぬなよ〜」の桑田さんの言葉が一番利いたかもwです。)
会場ではなく、テレビ画面の前で一人でみましたが、会場と同じく、あるいはもっと自由に、歌い、踊り、休憩をしつつの満喫でした。(強がりですかねw)
(チケットはとれなかったので、おとなしく横浜にはいきませんでしたし、コアなファンにレアチケットは譲るべきかと思い…涙)
さて、あれだけの人々を熱狂させ、人生に寄り添い、リンクするような親近感をもって、愛される音楽。
サザンの威力はもちろん、桑田佳祐さんの人としての魅力ももちろん。
万人ができるものではありません。やはり30年の継続も大きなものでしょう。
でもあの熱気と、一体感とライブ感は、なんとかアート(イベントではなく、鑑賞もの)には、使えないのでしょうか??
ライブ終わって約3時間、サザンへの言葉にできない思いから、そちらの方の考えも混同してきました。
作品(楽曲・歌)を、身体性(一緒に歌う、音にあわせて踊る…)を駆使し、作家(サザンメンバーら)と一緒に時間をともにし、「ライブ」をつくりあげる共同作業の感覚、連帯の気持ち。生のメッセージを受け取れる。
正直ライブは、そのアーティストの曲しらないと、満喫できないことも多いはず。コンサート会場の人々は全曲歌えるくらいの人たちでしょう。
と、いうことは、事前の知識を得る時間や労力をいとわない。というか、それも楽しい!ものになる。
ライブ=ワークショップの革新であるべきこと、だったような大昔の体験や記憶をもちつつ、人の気持ちを動かすこと、行動を起こさせるには、演出だけでない、なにか大きなものを音楽から学べるような気がしている本日、2008年8月24日でした。
さて、素人の私見。
桑ちょ、カッコよいです!昨日も含めラジオも素敵ですが、ライブがいいですね〜。でもソロが一番すきかも。
ラストの曲は「みんなのうた」と踏んでいたのですが、「勝手にシンドバッド」さらにもう1曲でしたね☆
さらに、ラブです。
しばらく屋号をお預かりするので、また戻ってきてください!(それまで、「みんな死ぬなよ〜」の桑田さんの言葉が一番利いたかもwです。)
- [2008/08/24 23:52]
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「美術鑑賞」って何だろう…
この夏は、「鑑賞」ということば、特に美術で使われるこの言葉に躓きました。
義務教育現場では、指導要領の変更だかで、作品の鑑賞を「美術館などを利用して」行うように進めれられているのだとか…。
どれが「鑑賞」で、どれが「鑑賞」じゃないのか。
評価される「鑑賞」って何??
教育って即、効力を発揮するもの以外、目にみえる評価ができるもの以外には、大変キツイものだな〜と思いました。
同時に、教育に縛られなきゃいけないことって、そんなにも大事なのかな…って思いました。
だって、ココロの話だし…。ほっといて欲しいエリアかな…と。難しそうです。
「鑑賞」という言葉の定義を、本当は考えなきゃいけないんだろうな…です!
義務教育現場では、指導要領の変更だかで、作品の鑑賞を「美術館などを利用して」行うように進めれられているのだとか…。
・ よく大御所、海外の名作展でいる、教養高そうな人たち。
・ 美術館で、必死に資料やパネル解説を書き写して、宿題している子供たち。
・ うまく言葉や文字、表情にはできないけど、目で作品から何かを受け取った子供。
・ 作品についてのおしゃべりを介して、コミュニケーションする私たち。
どれが「鑑賞」で、どれが「鑑賞」じゃないのか。
評価される「鑑賞」って何??
教育って即、効力を発揮するもの以外、目にみえる評価ができるもの以外には、大変キツイものだな〜と思いました。
同時に、教育に縛られなきゃいけないことって、そんなにも大事なのかな…って思いました。
だって、ココロの話だし…。ほっといて欲しいエリアかな…と。難しそうです。
「鑑賞」という言葉の定義を、本当は考えなきゃいけないんだろうな…です!
- [2008/08/20 23:34]
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オーバードホール
多忙ながらも6月は2回もオーバードホールにいく機会に恵まれました。
水谷修氏(夜回り先生)の講演会と、「リバーダンス」
両方とも行って後悔しない内容だったのです。
すべてが賛同!とか感動!ではないし、前後の席の方のマナーの悪さにいやーな気分なるのを我慢しつつでした。
「リバーダンス」のときは本当に腹が立ちました。
キョウドー北陸さん、やらせで拍手やかけ声するくらいなら、その扉の横の携帯開いて時間確認している人注意してくださいよ!!!!
本当にホール関係者はちゃんと注意すべきです!携帯の音だけでなく、照明が後ろの席からいかに不快なものか…。
建物的には、やはりこのホールは座席番号や、階段の段差が危険で苦手です。
足腰が弱い人間には、ここは過酷です。
それに比べるのも何ですが、コクーン歌舞伎をみた、シアター・コクーンは一番に使い勝手のよい劇場だと確認することにもなりました。
「ラ・ボエーム」がみたくても、あの値段であの席で…と考えると躊躇する。
そんなホールはハードは根本的に改善できなくても、ソフト面変えてほしいと、かねがね思ってます。
水谷修氏(夜回り先生)の講演会と、「リバーダンス」
両方とも行って後悔しない内容だったのです。
すべてが賛同!とか感動!ではないし、前後の席の方のマナーの悪さにいやーな気分なるのを我慢しつつでした。
「リバーダンス」のときは本当に腹が立ちました。
キョウドー北陸さん、やらせで拍手やかけ声するくらいなら、その扉の横の携帯開いて時間確認している人注意してくださいよ!!!!
本当にホール関係者はちゃんと注意すべきです!携帯の音だけでなく、照明が後ろの席からいかに不快なものか…。
建物的には、やはりこのホールは座席番号や、階段の段差が危険で苦手です。
足腰が弱い人間には、ここは過酷です。
それに比べるのも何ですが、コクーン歌舞伎をみた、シアター・コクーンは一番に使い勝手のよい劇場だと確認することにもなりました。
「ラ・ボエーム」がみたくても、あの値段であの席で…と考えると躊躇する。
そんなホールはハードは根本的に改善できなくても、ソフト面変えてほしいと、かねがね思ってます。
- [2008/07/03 15:27]
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「潜水服は蝶の夢をみる」を見て
以前からみたかった映画の話です。4月早々につぶやきです。
「潜水服は蝶の夢をみる」
富山での上映の映画館は1館のみで、初日(3月29日)に見てきました。

(映画のチラシ)
正直、映画のホームページ等で見ていた以上に、かなりよかったです。
当然ながら「涙」も誘いますが、それ以上に「面白さ」が際立って、私には伝わりました。
生きることは、生きながらえることは、辛いくて困難もあるけれども、強い考え方、その人のスタイルによってガラリと変わる。
生きることのリアルなんて、もう喪失した感の強いこの数年。久々に押し付けや説教ではない、心地よいリアルを感じました。
「想像力」や「内なる思い」に思いをはせる、久々の機会をくれる映画。
ジュリアン・シュナーベル監督の映画ってことで気になったのが最初です。
この人は、ニューヨークで活躍した80年代のペインターでもあります。
映像がきれいだし、カメラワークが面白い。
エンドロールまで、よかったです。私は内容では巡礼地「ルルド」の部分が爆笑でした。
何度かでてくる潜水服は、ヤノベケンジの作品を思い出し、蝶や花々のアップは、アラーキーや蜷川美花とも違う、はかなくも力強いアップと色の加減とある種グロテスクすら感じるところが印象深かったです。
全面フランス語なので、字幕に少々戸惑いもありました。(個人の趣味ですが、文字と画面が少々疲れるので、ちょっと後方の席でみるのがいいかも?)
ただ、フランスらしい、個人も考え方を確立して生きるスタイルがあるからこそ、原作の存在やこの映画の意義を感じました。
私は単に「生きながらえている」のでしょうか…。
先般、エイブル・アート・ジャパンさんの演劇助成公募の文章の中にあった、「生きにくさ」に敏感になっていた矢先なので、もろもろ含めて、人間が生きることは、そう簡単ではないけれども、面白いと思わないと損!と感じました。もちろん、心身が病によって閉じ込められてしまった状態と一緒にしてはいけないのだけれども。フランスらしいウィットというか、さらっとだけど、生きる底力を感じる映画(あるいは主人公の生き方)でした。
映画も含めて、アートのもつ力に、支えられる感覚を覚えます。
言葉で説明できなくとも、伝わる世界、感じさせてくれる世界って、無限に想像力をかきたてて面白いです!
お勧めの映画。できればDVDではなく、映画館へどうぞ。
「潜水服は蝶の夢をみる」
富山での上映の映画館は1館のみで、初日(3月29日)に見てきました。

(映画のチラシ)
正直、映画のホームページ等で見ていた以上に、かなりよかったです。
当然ながら「涙」も誘いますが、それ以上に「面白さ」が際立って、私には伝わりました。
生きることは、生きながらえることは、辛いくて困難もあるけれども、強い考え方、その人のスタイルによってガラリと変わる。
生きることのリアルなんて、もう喪失した感の強いこの数年。久々に押し付けや説教ではない、心地よいリアルを感じました。
「想像力」や「内なる思い」に思いをはせる、久々の機会をくれる映画。
ジュリアン・シュナーベル監督の映画ってことで気になったのが最初です。
この人は、ニューヨークで活躍した80年代のペインターでもあります。
映像がきれいだし、カメラワークが面白い。
エンドロールまで、よかったです。私は内容では巡礼地「ルルド」の部分が爆笑でした。
何度かでてくる潜水服は、ヤノベケンジの作品を思い出し、蝶や花々のアップは、アラーキーや蜷川美花とも違う、はかなくも力強いアップと色の加減とある種グロテスクすら感じるところが印象深かったです。
全面フランス語なので、字幕に少々戸惑いもありました。(個人の趣味ですが、文字と画面が少々疲れるので、ちょっと後方の席でみるのがいいかも?)
ただ、フランスらしい、個人も考え方を確立して生きるスタイルがあるからこそ、原作の存在やこの映画の意義を感じました。
私は単に「生きながらえている」のでしょうか…。
先般、エイブル・アート・ジャパンさんの演劇助成公募の文章の中にあった、「生きにくさ」に敏感になっていた矢先なので、もろもろ含めて、人間が生きることは、そう簡単ではないけれども、面白いと思わないと損!と感じました。もちろん、心身が病によって閉じ込められてしまった状態と一緒にしてはいけないのだけれども。フランスらしいウィットというか、さらっとだけど、生きる底力を感じる映画(あるいは主人公の生き方)でした。
映画も含めて、アートのもつ力に、支えられる感覚を覚えます。
言葉で説明できなくとも、伝わる世界、感じさせてくれる世界って、無限に想像力をかきたてて面白いです!
原作本:「潜水服は蝶の夢をみる」
原作/ジャン=ドミニック・ボビー、訳 河野万里子
出版:講談社 価格:1,600円(税別)
お勧めの映画。できればDVDではなく、映画館へどうぞ。
- [2008/04/01 02:20]
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明日から4月
明日から4月。
富山ではまだ桜は咲いてません。つぼみがほんのりピンクがかったくらいでしょうか?
しかも今日、3月31日はかなり寒いです…。
それでも、数時間後には、2008年度が始まります。
今年度は、「ミュージアム・アクセス・とーくる」の活動をしたいものですが、どうなるでしょう。
それぞれのメンバーが自分の仕事を持ち、活躍分野を持ち…。
とーくるは、通過点だったのかな?と昨今少し思います。
でも、多くの人の通過点としてその岐路に立てる場、そんな場やきっかけは、とても重要な気がします。
ということで、みなさん、来年度もよろしくお願いします
富山ではまだ桜は咲いてません。つぼみがほんのりピンクがかったくらいでしょうか?
しかも今日、3月31日はかなり寒いです…。
それでも、数時間後には、2008年度が始まります。
今年度は、「ミュージアム・アクセス・とーくる」の活動をしたいものですが、どうなるでしょう。
それぞれのメンバーが自分の仕事を持ち、活躍分野を持ち…。
とーくるは、通過点だったのかな?と昨今少し思います。
でも、多くの人の通過点としてその岐路に立てる場、そんな場やきっかけは、とても重要な気がします。
ということで、みなさん、来年度もよろしくお願いします

- [2008/03/31 22:39]
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隠し文学館 花ざかりの森
今日で2月も終わり、富山では春一番が吹きました。
明日から、弥生・3月です。
富山市に、三島由紀夫の文学館が個人開設で、オープンしました。
「隠し文学館 花ざかりの森」
三島ファン(私は近代能楽集と、エッセー中心だけど…)としては、絶対に行きたい!!
『潮騒』はどうしても映画の印象が強くて読めないのですが、『花ざかりの森』、『金閣寺』、『憂国』などは、10代の頃に読んだはずです。(昨今はなかなか、小説は読めないです…)
山梨県の山中湖にある「三島由紀夫文学館」はいったことないのですが、没後35年の記念展をおこなった、神奈川近代美術館には行きました。
その2005年に開催展は、「生誕80年・没後35年記念 三島由紀夫 ドラマティックストーリー」
あの時におどろいたのは、平岡公威(本名:ひらおか・きみたけ)の手紙などからみられる筆致と、その人柄。そして、学生時代が『仮面の告白』や『花ざかりの森』を思わせること。あの時代や人物設定は独特の世界観です。そして、当時の主演映画を含めた、文化から社会現象への洞察。
もちろん、本の装丁やポスターなどもおもしろかったです。
日本画家のビックネーム:杉山寧(すぎやま・やすし)の娘さんとご結婚されたせいか、本の装丁も豪華な名前が揃っていて、垂涎ものでした。
モノとしては、銀時計・遺書・「楯の会」の制服が、圧倒的でした!
おそらく、あのスペースで2時間滞在は、これまでの美術館・博物館滞在時間でも、最大だと思っています。
あ、敬愛する森村泰昌さんの「烈火のシリーズ」の最初は、三島由紀夫。
私は、この周辺をウロウロしてるのだと再確認です。
で、最初にもどり、「隠し文学館 花ざかりの森」。開館記念展のキャッチコピーは、 「花ざかりの森」で、三島由紀夫に会えるかもしれない。 です。
私の生まれる前に、三島由紀夫は没してますが、なんとも輝き続ける、ナゾも多い作家。
一生解けないナゾをだしてくださることでは、最高の人物です!
明日から、弥生・3月です。
富山市に、三島由紀夫の文学館が個人開設で、オープンしました。
「隠し文学館 花ざかりの森」
開館記念 「よみがえる 三島由紀夫、展」
開催期間 2008年3月1日〜3月23日
時間 午前10時〜午後5時(入館は午後4時30分まで)
住所 富山市向新庄町2丁目4番65号
電話 076-413-6636
※記念展が終了しますと、一旦閉館します。
三島ファン(私は近代能楽集と、エッセー中心だけど…)としては、絶対に行きたい!!
『潮騒』はどうしても映画の印象が強くて読めないのですが、『花ざかりの森』、『金閣寺』、『憂国』などは、10代の頃に読んだはずです。(昨今はなかなか、小説は読めないです…)
山梨県の山中湖にある「三島由紀夫文学館」はいったことないのですが、没後35年の記念展をおこなった、神奈川近代美術館には行きました。
その2005年に開催展は、「生誕80年・没後35年記念 三島由紀夫 ドラマティックストーリー」
あの時におどろいたのは、平岡公威(本名:ひらおか・きみたけ)の手紙などからみられる筆致と、その人柄。そして、学生時代が『仮面の告白』や『花ざかりの森』を思わせること。あの時代や人物設定は独特の世界観です。そして、当時の主演映画を含めた、文化から社会現象への洞察。
もちろん、本の装丁やポスターなどもおもしろかったです。
日本画家のビックネーム:杉山寧(すぎやま・やすし)の娘さんとご結婚されたせいか、本の装丁も豪華な名前が揃っていて、垂涎ものでした。
モノとしては、銀時計・遺書・「楯の会」の制服が、圧倒的でした!
おそらく、あのスペースで2時間滞在は、これまでの美術館・博物館滞在時間でも、最大だと思っています。
あ、敬愛する森村泰昌さんの「烈火のシリーズ」の最初は、三島由紀夫。
私は、この周辺をウロウロしてるのだと再確認です。
で、最初にもどり、「隠し文学館 花ざかりの森」。開館記念展のキャッチコピーは、 「花ざかりの森」で、三島由紀夫に会えるかもしれない。 です。
私の生まれる前に、三島由紀夫は没してますが、なんとも輝き続ける、ナゾも多い作家。
一生解けないナゾをだしてくださることでは、最高の人物です!
- [2008/02/29 23:23]
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アートに萌えない昨今…(駄)
今日は節分であり、東京をはじめ全国的に雪が降ってます。
でも富山はたいしたことがない。
で、ミュージアムバスにのってお出かけでもしようか?と思ったら、近代美術館が2月末まで休館だったことに気付き、富山県民会館美術館の「院展」がまだ開催前だと気付き、そのまま2度寝。
(そういえば、先般ご逝去された、片岡球子(かたおか たまこ)さんの作品はないのか…)
風邪を極端に引きやすい、アレルギー体質、いや、自己管理が出来ない私には、半日ダウン状態で寝てることは、必須なので、無理をしないで正解でした…。
さて今日は、大学時代の恩師から、プレゼントが届きました。
京都の厄落としの「節分の豆セット」とゴディバのチョコ、そして手紙。
最高なのは、2007年私が涙をのんだ、「澁澤龍彦展−幻想美術館」のパンフレット。
埼玉県立近代美術館で見逃して、結局、巡回最終館の横須賀美術館に行くのは、遠すぎてあきらめました。
全くの私の皮膚感覚ですが、瀧口修造、澁澤龍彦、この2人あたりが、この数年、日本の美術を語る上で、よく語られる。
もちろん、岡本太郎のような作家自身の言葉を使ったものも多いけど…。
美術史オンリーでないアプローチで、美術館が新しい側面を作品や作家にあてているからでしょうか。サブカル好きな私には、憧れですが、難しいので、書架の飾ることになるかも。
今の細かくいろんな角度からアプローチされるアートの世界、嫌いじゃないけど、理屈っぽくて、そんなの吹き飛ばしてくれるスター(安易かもしれないけど)を求めているのも自覚。
だって、昨今の現代中国美術が50年後にも、今の価格で取引されて、時代や作家性を反映させたのか、もう私は疑問符もってます…。流行すたりも美術も同じ。アートのマネーゲームではないのでしょうかね?上手くいけばいいのですけれども…。
「横山大観展」も六本木の国立新美術館で開催中のようだけど、インフルエンザが怖くていきません。だって、没後50年は確かに節目だけど、近年「清々流転」が展示されすぎのような気がして…。痛まないのならいいのですけれども、だって、運がよければ東京国立近代美術館の常設でお目にかかることもできますからね。
富山では4月から最終巡回地として「日展 100年」も開催のようです。
展覧会情報も氾濫、アートを活かした街・再生や地域おこし、異分野とのマッチング…いろんな試みがなされているけれども、アートが疎遠に感じられる昨今なのです。
私が少々疲れ気味なのでしょうか…。アートなんて言葉で括るのが間違いで、元来アートは生きる力の表現なのでしょう…。わかっているのですが、ピンときませんね〜。
そういえば、横須賀美術館が、エイブルアートをメインに打ち出すとか…。
場所の利点や新しいデザイン重視の美術館の利点はあるけれども、富山の田舎の私には、横須賀は米軍基地のイメージしかないのも事実。灯台も有名な観光地らしいですね。
あの美術館には賛否両論のようですね。私は、1日かけていくような気分になれないので、まだ行ってませんので、本来何もいえません。
「スキャンダル」や「話題」は賛否両論を含め、されるべきだという持論をもってます。(客観的に、また精神的に耐えられるかは別としてw)でもね、文化勲章もってる館長って、なんかゆがんだ政治力を感じざるをえませんね…。地元で議論になればまだマシだけど、スルーなら、かなりヤバイ状況でしょう…。
でも富山はたいしたことがない。
で、ミュージアムバスにのってお出かけでもしようか?と思ったら、近代美術館が2月末まで休館だったことに気付き、富山県民会館美術館の「院展」がまだ開催前だと気付き、そのまま2度寝。
(そういえば、先般ご逝去された、片岡球子(かたおか たまこ)さんの作品はないのか…)
風邪を極端に引きやすい、アレルギー体質、いや、自己管理が出来ない私には、半日ダウン状態で寝てることは、必須なので、無理をしないで正解でした…。
さて今日は、大学時代の恩師から、プレゼントが届きました。
京都の厄落としの「節分の豆セット」とゴディバのチョコ、そして手紙。
最高なのは、2007年私が涙をのんだ、「澁澤龍彦展−幻想美術館」のパンフレット。
埼玉県立近代美術館で見逃して、結局、巡回最終館の横須賀美術館に行くのは、遠すぎてあきらめました。
全くの私の皮膚感覚ですが、瀧口修造、澁澤龍彦、この2人あたりが、この数年、日本の美術を語る上で、よく語られる。
もちろん、岡本太郎のような作家自身の言葉を使ったものも多いけど…。
美術史オンリーでないアプローチで、美術館が新しい側面を作品や作家にあてているからでしょうか。サブカル好きな私には、憧れですが、難しいので、書架の飾ることになるかも。
今の細かくいろんな角度からアプローチされるアートの世界、嫌いじゃないけど、理屈っぽくて、そんなの吹き飛ばしてくれるスター(安易かもしれないけど)を求めているのも自覚。
だって、昨今の現代中国美術が50年後にも、今の価格で取引されて、時代や作家性を反映させたのか、もう私は疑問符もってます…。流行すたりも美術も同じ。アートのマネーゲームではないのでしょうかね?上手くいけばいいのですけれども…。
「横山大観展」も六本木の国立新美術館で開催中のようだけど、インフルエンザが怖くていきません。だって、没後50年は確かに節目だけど、近年「清々流転」が展示されすぎのような気がして…。痛まないのならいいのですけれども、だって、運がよければ東京国立近代美術館の常設でお目にかかることもできますからね。
富山では4月から最終巡回地として「日展 100年」も開催のようです。
展覧会情報も氾濫、アートを活かした街・再生や地域おこし、異分野とのマッチング…いろんな試みがなされているけれども、アートが疎遠に感じられる昨今なのです。
私が少々疲れ気味なのでしょうか…。アートなんて言葉で括るのが間違いで、元来アートは生きる力の表現なのでしょう…。わかっているのですが、ピンときませんね〜。
そういえば、横須賀美術館が、エイブルアートをメインに打ち出すとか…。
場所の利点や新しいデザイン重視の美術館の利点はあるけれども、富山の田舎の私には、横須賀は米軍基地のイメージしかないのも事実。灯台も有名な観光地らしいですね。
あの美術館には賛否両論のようですね。私は、1日かけていくような気分になれないので、まだ行ってませんので、本来何もいえません。
「スキャンダル」や「話題」は賛否両論を含め、されるべきだという持論をもってます。(客観的に、また精神的に耐えられるかは別としてw)でもね、文化勲章もってる館長って、なんかゆがんだ政治力を感じざるをえませんね…。地元で議論になればまだマシだけど、スルーなら、かなりヤバイ状況でしょう…。
- [2008/02/03 21:29]
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